いつもは楽しんで歩く紫穂の家への道のりを駆け抜けた桜の視界にようやく紫穂の家の門が見えてきた
朝早い時間という事もあり、周囲に人の姿は見られなかったが、そこはいつも通りの紫穂の家に桜は見える
しかし、魔術師としての桜の感覚が若干の違和感を覚えていた
もちろん桜は紫穂の家に侵入者探知用の結界が張られている事を知っていた
この結界は外からは探知出来ないが、桜が紫穂家に居るときにはこの結界が発動した事があったからだ
発動した理由は魔術的な物とは一切関係の無い事件によるものではあったが、その事件は桜の中では紫穂の印象を変えるに足る事件ではあった
その事件とは、冬木市に隣接する地域に誕生した新鋭の暴力団が冬木への進出を目論み、藤村組に傘下に入るように談判しに来た時の事である
談判の為やってきた相手の暴力団員の話をとりあえず全部聞いた雷画は当然のごとく拒絶の意思を伝え、有無を言わせず屋敷から追い出した
追い出された側は、そのままあきらめて帰るという事も無く雷画の、想定外の行動に出た
見せしめ+交渉材料として藤村組と関係の深いという情報を得ていた、衛宮紫穂の身柄確保に乗り出した
この組は事前にかなり藤村組の事を調べて上げていた様で、現組長雷画の孫で高校教師の大河と、頻繁に藤村組に出入りしている紫穂の身柄確保を、談判失敗時のバックアッププランとして計画を立てていた
大河の方は、本人の剣道の腕や藤村組のボディガードを考慮して10人、紫穂に対しては運搬役も含めて3人の組員がほぼ同時に行動に移っていた
ザリッ
僅かに聞こえた物音に桜と共にお茶をしていた紫穂は反応し、玄関のほうに視線を向ける
「?・・どうかした?」
突然鋭い目つきで扉の方に視線を向けた紫穂に桜が怪訝そうに尋ねる
次の瞬間室内に鳴子の様な音が響いた
「え?」
この家の玄関のチャイムはこんな音ではない
そのことを知っていた桜は思わず不思議そうな声を上げた
「桜さんここでじっとしてて下さい!」
事情の掴めていない桜と異なり紫穂の行動はすばやかった
瞬時に立ち上がり玄関のほうにすばやく駆け出していく
「・・・・し、紫穂ちゃん?・・」
突然部屋から飛び出し言ってしまった紫穂にしばらく唖然としながらも、紫穂の只ならぬ様子にあわてて桜も立ち上がり紫穂を追いかけた
体格を考えれば紫穂にはすぐに追いつけると思っていた桜だが、実際は逆に差が開く
すでに玄関についていた紫穂は玄関の扉を開けず、扉横の壁に手を付く
紫穂の手が沈み込み、紫穂の手の位置を中心に縦1メートル横30センチ程の壁が回転扉のように回転した
反対側、すなわち今まで壁の中にあったはずの面も周囲の壁とまったく同じ色をしていた
しかし、一部違う箇所がある
それは・・・・
「・・木刀と・・・・け、拳銃!?」
壁には明らかに使い込まれた様子が感じられる赤黒い木刀、それにリボルバー式の小さな拳銃がフックで固定されていた
桜が思わず引きつった様な声を上げてしまったのもある意味仕方ないのかも知れない
桜は紫穂の事を、両親がおらずこの屋敷に一人ですんで居るとはいえ、普通に暮らしている様子から、ごく一般的な少女である事を疑いもしなかった
間違っても自分の家(間桐)やこの町のセカンドオーナー(遠坂)のような魔術師やその他戦闘行為を行うような異常な存在であるはずが無いと思い込んでいた
しかし、なれた感じで拳銃のチェック(最も桜には拳銃のチェック方法など知らないが)を行い、重そうな木刀を軽々と持ち上げる紫穂の姿が自身の考えを明確に否定していた
ガラッ
ほんの数秒で2種類の武器を持ったまま玄関の扉を開けた紫穂が、玄関の外で急に扉が開いたことに驚き僅かに固まった強面の男の喉目掛け木刀を突き出した瞬間、桜の中で自身の平穏な日常の象徴が崩れ去るのを確かに感じた
一方紫穂はと言えば自分の後ろの桜の様子など気づく様子も無く、前方の敵を注視していた
木刀で喉を突かれた男はくぐもった悲鳴と共に不自然に体を後ろに反らしたためバランスを崩し尻餅をつく
男が倒れたことによりその後方に居たもう一人の男の姿が目に入る
二人目の男は目の前で起きた事態に一瞬動きを止め驚愕の表情を浮かべるが、すぐに懐から長ドスを取り出し構えた
しかし・・・
パンッ
二人の目の男が紫穂に近づく為に足を踏み出そうとした瞬間、破裂音と共に一筋の弾丸が男の二の腕を掠め、そのまま門の外の車
すなわち運搬役の乗った車の助手席側のガラスを突き破り社内に飛び込む
ギュアアアア
次の瞬間突如エンジンが咆哮をあげ、車が急発進する
誰が見てもこのような狭い住宅街の道路で正常にコントロール出来る速度ではない
グシャ
数秒後鈍い衝突音と共に金属の軋むが聞こえ、やがてエンジン音が消え去った
銃声と共に固まってしまっていた二人目の男は引きつった表情で自分達の車破壊された音のした報告に一瞬だけ視線を向け、すぐに元に戻した
視線を戻した男は先ほどの弾丸が放たれたであろう武器、すなわち紫穂の左手で自分に銃口の向けられた拳銃が目に入る
その銃口はぶれる事も無く自分に向いており、その銃を構えている少女の表情にも一切の動揺が見られない事を見て取り、男は初めて自分が向かい合っている子供が無抵抗の獲物でなく、恐ろしい敵である事を認識した
それはすでに遅すぎる認識ではあったが・・・・・
左手の拳銃で二人目の男を牽制しながら紫穂は右手の木刀を喉を突かれ呻いている一人目の男に振り下ろす
「っ・・・・!?」
取れに気づいた一人目の男は恐怖に目を見開き、自身に振り下ろされる木刀を呆然と目だけで見上げた
ボグッ
木刀の重みが其のまま威力を増し、男の後頭部にめり込む
ドサッ
紫穂は気を失いその場に崩れ落ちる男に目も向けず、二人目の男に視線を向けた
一人目の男を仕留める間も左手の銃口の照準は二人目の男から外しておらず、二人目の男は動く事が出来なかった
その間にも銃声と、近場での自動車事故の音に気づいた周辺住民、特に藤村組の若手組員達が様子を見に衛宮邸周辺に集まり始める
現在唯一紫穂と対峙している男は自分がかなりまずい立場におかれていることに気づいていた
自分を含め当初三人で行動していたが、現在行動できるのは自分ひとり
残りの二人のうち一人は目の前で伸びており、もう一人は運搬役として車に乗っていた
その車は今は事故者としてその辺の壁が電柱に衝突している上、銃弾の飛び込んだ場所を考えれば運転席の男が無傷である可能性は低い
少なくとも無傷であればすでにこちらに駆けつけるなり、何なりと行動を起こしているはずだからだ
そして自分は長ドス一本で拳銃と向かい合い、何時藤村組の組員が駆けつけてきて囲まれるか分からない
逃げるつもりなのかジリジリと後退る男に油断無く視線を向けながら、紫穂は警戒を続ける
門の所まで下がった男は其のまま踵を返し、紫穂の視界から去っていく
その数秒後に門の前に数人の若い男と、一人の老人が姿を見せた
その後新たに現れた若い男達と老人、藤村組の組員と組長の雷画は、すぐに木刀で殴られ気絶している男と事故を起こした車の中の男を連れ出していった
男達が連れ出された後一人残った老人、雷画が紫穂に事情の説明と今回の件の謝罪をして慌しく帰っていく様子を眺めながら桜は呆然と佇んでいることしか出来なかった
そう、桜の魔術師としての目と勘はこの邸の周囲に張り巡らされた結界と、先ほどの戦闘の際紫穂が肉体強化の魔術を使用していた事を明確に認識していた
しかし紫穂にそれを問い詰めることは出来ない、そんな事をすれば自分が魔術師である事を紫穂に教えるようなもの・・・
仮初であっても桜はこの紫穂との平穏な日常を捨てることなど出来なかった。
紫穂の家の門の前に着いた桜は、立ち止まっていつもどおり開いている門から中を見る
見た感じではいつもと変わった様子は無い
しかし、桜の胸にはもやもやとした不安が蠢き続けている
ゆっくりと門のほうに手を伸ばし、門を超える寸前で動きを止める
其のまま手を戻した桜はギュッと力強く拳を握り締め、一気に体全体で門を超えた
「あっ!?」
門をくぐった瞬間ゾクリと背筋に冷や汗が湧き出る
そしてあの時と同じ鳴子の音が周囲に響いた
同時にズッと周囲の空気が重くなる
ふらりと眩暈を覚えた桜の体が、地面に向かい傾いていく
ジャリッ
顔が地面に接地する寸前に何とか手を地面に付き、それを防いだ
しかしそれも限界が近い、すでに桜の体は桜本人の思う通りに動かすことも出来ないほど消耗している
桜は自分の体から大量の魔力が猛烈な勢いで抜け出ていく様子を半ば他人事のように感じながら、玄関から出てきたこの魔力吸収の結界を張ったであろう女性に向かい最後の力で呟いた
「ど・・・・・して・・・・・・・」
そのままうつ伏せに倒れ伏す桜をキャスターは冷たい目で見下ろしていた
体全体に寒気が走り、桜の意識が唐突に覚醒に向かう
目を見開いた桜の視界に最初に入ったのは、ローブを身に纏い自分を無表情で見下ろす美女の姿だった