「桜さん」
部活が終了し、着替え終わった桜が弓道場から出ると買い物袋を両手に抱えた紫穂が声をかけてきた
「紫穂ちゃん・・待ちましたか?」
桜はあわてて紫穂に駆け寄り、心配そうにたずねる
ふるふる
紫穂は桜の問いに首を横に振って否定した
「よかった・・・あ・・運ぶの手伝います・・・ひとつ貸してください」
紫穂の手から買い物袋をひとつ受け取ると桜は紫穂と並んで歩き出す
「今日はコロッケにしようと思ってるんですけど・・・良いですか?」
紫穂の言葉に桜が自分の持っている買い物袋を覗くと、そこにはジャガイモがゴロゴロ入っているのが見える
「もちろんです・・・紫穂ちゃんの料理はどれもおいしいから・・・」
「あ、ありがとうございます・・・」
照れているらしく、わずかに頬を染めた紫穂が俯いてボソボソと答える
そんな紫穂の様子に桜の顔にも自然と笑みが浮かんでいた
二人は仲良く話しながら歩き、やがて紫穂の家に着く
「シャワー借りますね」
桜は紫穂に断ると買い物袋を台所に置き、風呂場に向かう
桜を見送った後、紫穂は手を洗い、いつものエプロンを着けると買い物袋の中からジャガイモを取り出す
今日使う分以外は保管用の籠の中に入れ、残りを洗う
洗い終わったジャガイモと水を鍋に入れ、蓋をして火にかけた
次はにんじんも同じように皮を剥き、適当な大きさに切ると、ジャガイモと同じ鍋に入れる
ジャガイモとにんじんを茹でている間にお米を炊飯器にセットしスイッチを入れておく
一段落着いた所で買い物袋の中の残りの食材を冷蔵庫に入れていく
最後に買い物袋から油を取り出し、まだ残っている古い油と置き換える
実は今日買ってきた油は健康に良いと宣伝されている油で、紫穂はこの油を桜の為に買ってきたのだ
紫穂は桜が食事の時、体重をしきりに気にしている事に気づいていた
紫穂から見れば桜はスタイルも良く、特に太っている訳ではない
にもかかわらず、なぜ体重を気にするのか紫穂には分からなかった
それでも紫穂は桜が気にしているならと、カロリーがあまり多くならない様に料理の時に気をつけていた
今回の油もその関係で、通常の物よりわずかに値段の高いこの油を買ってきたのだ
(前の油は私一人の時に使えば良いし・・・・)
そんな事を考えながら、古い油を出しやすい棚の中にしまう
10分ほどで桜は普段着に着替えて台所に現れた
髪がまだ完全に乾いていない様子から見て、急いで来たのだろう
紫穂のエプロン姿や、火に掛けられている鍋を見て、わずかに不満そうな表情をする桜
なぜ桜の機嫌が良くないのか心当たりの無い紫穂は首をかしげる
「もう作り始めちゃったんですか・・・・・・待っててくれても良いのに・・・・」
どうやら紫穂が一人で料理を作り始めてしまった事が気に入らないらしい
「ご、ごめんなさい・・・・その・・・茹でるの・・時間かかるから・・・・」
桜を怒らせてしまったと思い、謝る紫穂
「あっ・・・・私が待っててくれる様に言わなかったからいけなかったんです・・・・気にしないでください」
落ち込んだ様子の紫穂に今度は桜があわてる
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
お互い見つめあったまま沈黙する
ジュウウウウ
「「あっ!?」」
火に掛けっぱなしだった鍋からお湯が吹き零れ
二人はそれに同時に気づき、慌てて止めようとコンロに手を伸ばす
コンロのつまみに触れた紫穂の手の上から桜が手を沿える
「「・・・・・・・・」」
重なり合った手を見つめた後、お互いに見つめ合うとふっと笑みを浮かべた
一人でも簡単に回るつまみだったが、二人は力を合わせて同時につまみを回し、火を弱くする
すぐに鍋の吹き零れは収まった
「紫穂ちゃんこの位で良いですか?」
桜が丸めて、平らにしたコロッケの具を紫穂に見せる
「大きすぎるから、もう一回り小さくしてください」
この位です、と紫穂が自分の作ったものを見せた
自分の作ったものと、紫穂の作ったものを見比べた桜は再び作り直し始めた
「あとは揚げるだけですね」
衣を着け終わったコロッケを見ながら桜が話しかける
「油の温度は丁度良い位だからもう入れて良いです・・・・あ・・気をつけてくださいね」
油が跳ねないか心配なのか桜は少しビクビクしながらコロッケを入れていく
「きゃ!?」
「大丈夫ですか!?」
桜が悲鳴を上げると紫穂が慌て気味に桜に近づく
「あ、油が跳ねてちょっとビックリしただけですから・・・」
何処にも火傷している様子が無いことに紫穂はほっとする
「完成ですね」
油から上げたコロッケを見て桜がうれしそうに紫穂に笑いかける
「はい、桜さんお皿出してくれますか・・・・えっとその右から3番目ので良いです」
「えっと、これですね」
桜は紫穂に言われたとおりのお皿を出す
桜がお皿を準備している間に紫穂は冷蔵庫から半分に切られたキャベツを取り出し、まな板の上におく
トントントントントン
そして包丁を取り出すと千切りにしていく
その速さに桜が尊敬を含んだ瞳を向けて皿を手にしたまま立ちすくむ
その包丁捌きであれば二人分の千切りキャベツはほんの数秒でできる
紫穂はすぐに切るのをやめると残ったキャベツをラップで包み再び冷蔵庫に戻す
「桜さんお皿下さい」
切ったキャベツを洗った紫穂は後ろにいるはずの桜にお皿を要求する
「・・あ・・はい・・」
紫穂の包丁捌きに見とれていた桜は紫穂の呼びかけで我に返ると、抱えていたお皿を紫穂のすぐ横に並べた
二つのお皿に紫穂はコロッケとキャベツを手早く盛り付ける
もちろん手早くやったとはいえ綺麗に盛り付けられており、このまま店に出しても通用しそうだった
向かい合って座った二人の前にはコロッケとご飯の他にも、いつの間に作ったのか味噌汁が添えられていた
味噌汁は桜がコロッケ作りに集中していた時に紫穂が桜の様子を見ながら作ったものだ
具は豆腐と油揚げ、豆腐の形も綺麗に揃っており、かなり美味しそうに見える
桜はコロッケ作りと自分へのアドバイスをしながら、さらに味噌汁まで作っていた紫穂にかなり驚いていた
まだ料理に慣れない桜ひとつの事をやるので精一杯でとても平行作業はできない
桜は紫穂の慣れれば出来るようになるという言葉を胸に秘め、もっとがんばることを決意したらしい
「「いただきます」」
出来たの食事を早速食べ始める桜と紫穂
「おいしいです・・・」
コロッケを頬張った桜が幸せそうに笑顔を浮かべる
桜の嬉しそうな様子に紫穂もつられる様に笑みを浮かべた
二人はそのままコロッケ作りのコツなどを話しながら食事を続ける
「やっぱり紫穂ちゃんはすごいですね・・・なんでも一人でしてるんだから・・」
一人暮らしなのだから当たり前なのだが紫穂は基本的に一人でこの屋敷の家事を行っていた
掃除、洗濯、料理は当然の事、生活費も自分で調達している
最も掃除は普段使用する生活スペースのみ、洗濯と料理も自分の分だけなので別にそれほど量があるわけではない
生活費に関しては柳洞一生と藤村雷画から家電などの修理の仕事を斡旋してもらっている
もちろん収入がそれほど多いわけではないが雷画は家が古いことを理由に家賃を安くしてくれ、出費を抑えれば十分生活できた
そういう意味では桜の分の食費を捻出するのは相当厳しいのだが、桜もその辺は分かっているのか自分の小遣いで食材を買って持って来たりしていた
桜も最初はお金を直接渡そうとしたのだが、紫穂は拒否、しかし食材を買ってお土産という事にすれば強くは断れなかったらしく、結局受け取ってくれた
「・・・・・慣れているから・・・・」
桜の言葉に紫穂は寂しそうな表情で答える
「あ・・・・・」
桜は自分が失言したことに気づいた、口を手で押さえて、しまったという顔をする
紫穂は切嗣に赤ん坊のころ拾われ、育てられてきた
しかし切嗣は紫穂が物心ついた頃には世界各地を飛び回っており数ヶ月家を空ける事など珍しくなかった
結果紫穂は一人で家に居ることが多くなる
雷画や大河などがたまに様子を見に来てくれるのだが、雷画や大河とてそれほど暇な訳ではない
紫穂は幼い頃からほとんどの時間をに孤独に過ごした
最初の頃はもちろん不安でたまらず、夜に一人泣いたりしていたのだが、それも長く続くと自然と慣れてしまった
桜にも紫穂の気持ちは痛いほど理解できる
なぜなら桜も幼い頃から間桐の家には自分の居場所が無いことを知っており、一人寂しく泣いていた時があったからだ
「・・・・・紫穂ちゃん」
桜は紫穂の隣に移動すると優しく紫穂を抱きしめ、謝る
「ごめんね・・・・ごめんね・・・」
「・・・・・・・・」
紫穂から返事は無い
しかし桜の背中に回された紫穂の手がぎゅっと抱き返した
自分のすぐ隣で静かに眠っている紫穂の姿を桜は穏やかな表情で眺め、やがて自分も目を閉じる
隣の暖かな存在を感じながらの睡眠は桜の穏やかな寝顔に繋がった
月の光が降り注ぐ部屋で二人の少女は夢を見る
それはなんでもない日常、二人の少女は姉妹で共に遊び、喧嘩し、家事をする
そんな・・・・幸せで・・・・・・・・・
悲しい夢だった
「あ・・・・・」
不意に目が覚めた桜は自分が泣いている事に気づく
「なんで・・・」
夢を見た覚えがあるがその内容を思い出すことが出来ない
幸せな夢だった気もすれば、悲しい夢だった気もした
ポタッ
小さな音と共に桜の目から一筋の涙が布団に落ちる
「んっ・・・・・」
それとほぼ同時に隣に寝ていた紫穂がわずかに声を上げた
「!?・・・・」
あんな小さな音で起きてしまったのかと桜が慌て気味に紫穂の顔を見る
しかし当然ながらその程度の事では起きず、紫穂はしっかりと眠っていた
ただ閉じている紫穂の目から一筋の涙が流れ布団に小さな染みを作った
(紫穂ちゃん・・・・・)
理由は分からないが無性に人の温もりが恋しくなった桜は、隣の紫穂を起こさない様にやさしく抱き寄せる
寝ていても体が動かされた事に違和感を覚えたのか、紫穂はもぞもぞと動き、自分の楽な姿勢を取り直すと動きを止めそのまま眠り続けた
その様子に桜の表情に自然と笑みが浮かぶ
数秒後、桜は再び穏やかな眠りについた
あとがき
2ヶ月ぶりのSS更新、しかも中途半端です。
もう少し早めに公開する予定だったのですが、正月早々家族6人中5人が食中毒?らしきもので調子が悪くなり、二人入院、私も嘔吐して寝込んでしまいまし
た。
それはともかく今回の話は桜と紫穂の過去編の半分です。
まだ桜が紫穂に執着する原因となった事件が発生する前です、事件は後編で書く予定。
更新遅れ気味ですが今年もよろしくお願いします。