紫穂ちゃん騒動〜弓と槍その後〜
グシャ
「っ!?ああ!」
ランサーやりは本来の軌道をそれ、紫穂の右腕の肉や骨を抉り取りながら後方に通過した
あまりの激痛に悲鳴を上げる紫穂、しかし視線だけはランサーから離していない
ピキッ
紫穂の剣に一気にひびが入る
どうやら本来の工程を省いた事で強度が不足していたらしい
しかし今はそんな事を気にしていられない
先程のアーチャー戦のように連続突きをされたら今の紫穂には防ぎようが無いのだ
砕ける寸前の剣をそのままランサーに投げつける
いくら足が速くても空中では回避は不可能
そう思ったのだが・・・・
ドンッ
「こほっ!?」
突然腹部に感じた衝撃と共に口から血を吐き出す
衝撃の正体はランサーが放った蹴りだった
ランサーは空中で剣を避けるために紫穂の身体を蹴り、その反動で剣を見事に回避して見せた
「キャ・・・スタ・・」
紫穂は再び攻撃モーションに入っているランサーを捉えながら、自分を抱いている相手の名を呼ぶ
ピクンっと自分を抱いている腕に力が入った次の瞬間、強力な魔力を感じた
その直後、紫穂は安心したように体の力を抜く
徐々に薄れ行く意識の中、何かが吹き飛ぶ音とラインを通じて必死に名前を呼びかけてくるキャスターの声を聞きながら紫穂の意識は完全に無くなった
「キャ・・・スタ・・」
紫穂がランサーに蹴られ、血を吐いた直後にキャスターは我に帰り、紫穂の身体をきつく抱きしめると片手で紫穂を支え、もう片方の手を前に突き出す
「っ!!」
キャスターの突き出された手の中で突然爆発が起こる
ドンッ
「ぐっ!」
「っ!?」
爆発でランサーが吹き飛ぶ
しかしキャスターの方も苦悶の表情を浮かべ空中で僅かに後退する
ギリッ
キャスターの歯が強く噛み締められ歯が音を立てた
「この程度は終わりませんよ!!」
瞳に怒りを浮かべ、さらに魔術を放つキャスター
ドガッ
「ぐうっ!」
吹き飛ばされている最中だったランサーの横から炎の塊が突っ込み、ランサーは反対側に吹き飛ぶ
そこに上から光がレーザーのように降り注いだ
「がああっ!?」
ランサーの叫び声、光に飲み込まれたランサーがそのまま屋上に激しく叩きつけられる
ドガアアアアアア
それと同時に光も屋上に到着し、その場で大爆発を起こした
(紫穂様!紫穂様!)
キャスターは破壊された校舎の屋上部分を監視しながらも、ラインを通して紫穂に呼びかけてみるがやはり反応は返ってこない
紫穂の腕から流れ出る血の量はかなり多く、既に服の右手部分は血で、濡れタオルのようになってしまっていた
さらに手を伝い、指先から血が下に滴り落ちる
どう考えてもこれ以上このままにしておけば命は無い
(早く治療しないと・・・)
屋上部分が崩れ、瓦礫に埋まったランサーがどうなったのかは分からないがそんな事より紫穂の方が重要だった
キャスターは呪文を唱え、紫穂の家のイメージを浮かべると転移魔術を発動させる
二人はその場から掻き消えるように姿を消した
「ランサーがどうなったのか分かる?」
キャスターが消えた後、凛は隣で同じようにキャスターとランサーの戦闘を眺めていたアーチャーに尋ねる
「ふむ・・・・・まだ消えてはいまい・・・マスター・・仕掛けるのか?」
既に戦闘準備が出来ていることを示すかのように二本の剣を構えてみせた
「当然よ!・・・こんなチャンス逃せないわ」
キッと凛の目が鋭さを増し、校舎に向かって一歩踏み出した時・・・
ボロボロになったランサーが校舎から飛び降り、そのまま止める間もなくもの凄い速さで遠ざかっていってしまった
「・・・・・・・」
やる気が最高潮になった直後に相手に逃げられ、呆然とする凛
アーチャーも凛の指示が無いのでその場で待機している
ぴゅううううう
冷たい風が吹く校庭で凛はしばらく動かなかった
紫穂の家に着いたキャスターは大急ぎで上半身の服を脱がせ、右腕の傷を魔術で治療し始める
キャスターは予想以上に酷い紫穂の怪我に顔を青ざめさせた
紫穂の腕はほとんど千切れ掛けている、骨も完全に抉り取られ、もうブラブラの状態だ
(腕は元に戻せますけど・・・・血が・・・)
腕はキャスターの復元魔術でビデオの巻き戻し映像を見ているように直っていくが、失った血は完全には戻らない
それを示すかの様に紫穂の顔色は悪く、死ぬ寸前のように見える
30秒ほどで紫穂の腕は完全に元通りになったが、やはり顔色は悪い
「コホッ・・コホッ」
さらに時折咳をしては血を吐く
「・・・・骨は折れてないみたいですね・・・」
ランサーに蹴られた辺りを眺め、肋骨が折れていないことを確認すると、患部に手で触れる
「っ!?」
治癒魔術を施そうとした瞬間、何気なく反対側の手を床に触れさせたキャスターは突然の激痛に顔を歪め、慌てて手を上げる
自分の左手に目を向ける
そこには黒く炭化し、既に使い物にならないであろう手があった
つい先程ランサーを吹き飛ばした魔術が原因だった
ランサーに至近距離まで接近されたので近距離で魔術を発動せざるを得なかった、結果、自分の手にまで被害が及んでしまったのだ
今までは紫穂の事に意識が行っていたので痛みに気づかなかったらしい
しかし一度意識してしまうとその痛みは我慢できないほどの物だった
「紫穂様の治療をしないと・・・」
血を吐いた事から見ても紫穂は内臓に損傷があるのだろう
急がなくては手遅れになるかもしれない
キャスターは痛みを必死で押し殺し、再び紫穂の患部に手で触れる
紫穂の治療に集中し始めるとキャスターは自然と痛みの事を忘れていった
紫穂の治療を終え、布団に寝かせたところでキャスターはようやく自分の怪我の治療に移った
右手を左手に沿え、左手を復元していく
(この位治しておけば、後は自然に再生しますね・・・)
ある程度手が元に戻った所で魔術の使用をやめ、救急箱から包帯を取り出すと、それを左手に巻いていく
(魔力が足りない・・・・これではいざと言う時に・・・・)
キャスターの視線が静かに眠り続けている紫穂に向けられる
(だめ・・・・これ以上紫穂様に無理させるわけには行かないわ・・・)
キャスターは紫穂の事を考え、ラインから流れ込んでくる魔力も最小限に抑えていた
包帯を巻き終わるとしっかりと指の1本1本が動くか確認し、救急箱を元の場所に戻す
そこでチラリと窓の外に目を向ける
外で適当に人間の生命力を奪ってくることを考えたが、危険性を考えれば今行うべきでない事はよく分かっていた
派手な行動にでれば発見される可能性が格段に増える、さらに動けない紫穂を置いてここを離れる事はキャスターには出来なかった
(今は防衛に徹するしかありませんね・・・まだこの場所はばれていないでしょうし・・・)
とりあえずこの屋敷の結界の調査と強化をしておこうと、キャスターは部屋を出て行った
翌朝
結界の強化など防衛の準備を終えたキャスターは、台所に立って料理をしていた
いまだ完全には回復していない紫穂のために朝食を作っているのだ
結局あの後、紫穂は一度も目覚めず、静かに眠り続けている
しかし顔色は徐々に良くなっており、目覚めるのも時間の問題だろう
「とりあえずこれで良いですね・・・後は紫穂様が目覚めた時に温めれば・・・」
キャスターはコンロの火を消し、土鍋に蓋をするとエプロンを外す
外したエプロンを元有った場所に戻し、すぐに紫穂の眠っている寝室に向った
その頃桜は自宅で学校からの連絡を受けていた
「え!?・・・・学校で爆発?・・・・はい・・・今日は休校・・・・分かりました・・・兄にも伝えておきます・・はい・・・失礼します」
ガチャン
桜は受話器を置くとそのままの姿勢で思考をめぐらせる
(昨日の夜・・・・・そういえば・・・・・魔力を感じて・・・・まさか・・・・)
自分の召喚したサーヴァントであるライダーの張った結界が学校にある事は桜も知っていた
そして紫穂のそばに居た女性がサーヴァントである事も・・・・
(・・・まさか・・・ライダーとあの女性が戦ったんじゃ・・・・)
当然そうなればマスターである紫穂も関わっているはずである
「大変!」
その事に気づいた桜はテーブルに休校になった旨を伝える書置きを残し、家を飛び出していった
あの後キャスターが紫穂の寝室に戻ると既に紫穂は目覚めており、布団の中からキャスターに微笑みかけてきた
さらに起き上がろうとした紫穂をキャスターが慌てて止め、体の調子を問いただす
「っんと・・・・ちょっと気持ち悪い・・・あと右手が変な感じ・・・」
「指はしっかり動きますか?」
キャスターが右手に視線を向けながら尋ねると、紫穂は手を握ったり開いたりしてみる
「違和感とかありますか?」
「・・・・うん・・・・すこし・・でも慣れれば大丈夫だと思う・・」
「・・吐き気はありませんか?」
「・・それは大丈夫・・・・」
とりあえず問題なさそうな紫穂の様子にキャスターは安堵のため息をつく
「メディアは?」
「え?」
紫穂に聞き返されたキャスターは、紫穂の聞きたい事が理解できず、首を傾げる
「・・メディアは怪我・・・無い?」
心配そうな表情の紫穂にキャスターは深くため息をついた
「?」
なぜキャスターがため息をついたのか分からない紫穂は疑問符を浮かべ、キャスターの次の言葉を待つ
「・・・・・・・・・・」
しかし紫穂の疑問を解消してくれるはずのキャスターの言葉は何時まで経っても返ってこなかった
キャスターが呆れて沈黙している頃、桜は紫穂の家への道を猛スピードで駆け抜けていた
出勤途中のサラリーマンなどが何事かと桜に視線を向けてくるが、そんな視線などを気にしている余裕の無い桜は周囲の視線を無視し、ただひたすら紫穂の家へ
急いでいる
普段の桜からは考えられない様子・・・・
そもそも桜がここまで紫穂に執着するようになったのはある出来事があったからだ
初めて二人が会ったのは、休日弓道部の練習があった日、大河が弁当を忘れ、それを紫穂が届けて来た時だった
大きな弁当箱を抱えた少女が弓道場に入ってくると自然と部員の視線が集まる
少女はその視線に居心地悪そうな様子でキョロキョロと辺りを見回す
誰かを探しているらしい様子の少女に桜が声をかけた
「誰を探してるの?」
やさしく声をかけてきた桜に少女はわずかに安心したのか表情を和らげ、弁当を渡したいからと大河の居場所を尋ねる
「先生は今職員室に呼ばれてて・・・・あ・・・先生が戻ってきたら渡しておくけど・・・」
「・・・あ・・・はい・・お願いします・・・えっと・・」
そこで桜は自分がまだ名乗っていないことに気づく
「桜です」
「お願いします・・・桜さん」
ペコリと頭を下げると大きな弁当を桜に手渡し、何度もお礼を言うと弓道場から出て行った
少女が立ち去った後桜は弁当に目を向け、ふと気づく
「あ・・・あの娘の名前聞いてませんでした・・・」
まあ大河先生に聞けば分かるだろうと桜は自分の荷物が置いてある場所に預けられた弁当を置きに向かった
その後しばらくは会うこともなかった二人が次に会ったのは商店街だった
買い物袋を両手に抱え、ふらふらと歩いていた紫穂を文房具を買いに来ていた桜が偶然見かけ、手伝いを申し出たのをきっかけに紫穂の桜は仲良くなっていく
何かお互いの持つ雰囲気が気に入ったのか、それから二人はお互いの家に遊びに行くようになり、あいての家に泊まることもあった
そんな二人は周囲から見ると仲の良い姉妹のようで微笑ましく思われていた
そして・・・・
桜が紫穂に異常に執着するきっかけとなる事件が起こった